Rikiによる知識財産の共有

【素敵なおじさん化計画中!】

3.11を想う

どうもみなさん!Rikiです!

9年前の今日は東日本大震災の日です。あれから9年経ったと考えると長かったような短かかったようなどうにも分からない気持ちになります。

 

私が過ごした3.11

あの日は金曜日でした。職場で仕事をしていましたが、あの日はあまりやる仕事がなかったので、花金の夜をどう過ごそうかばかり考えていたと思います。お昼ご飯も食べて、デスクでパソコン作業をしていた時でした。あの揺れがきました。

 

最初は”あー地震だ”くらいの気持ちでしたが、次第に揺れが強くなり”強い地震だなー”から、”こんな揺れは初めてだ!”に変わりました。揺れが強いので、高い所にあったものが落ちないように手で抑えていました。

 

揺れが落ち着くと避難をはじめていた人がいたので、自分も流されるようにビルの外に避難しました。少し時間が経つともう大丈夫だろうということでビルに戻り、仕事を始めました。当然ながらみんな仕事に集中はできませんでしたが。。。

 

当時はガラケーが主流の時代で電話やメールは繋がらないし、しかも職場にテレビもなかったので、情報がほとんどなく、電車が止まっていたのは大きな地震だったから安全確認してるのかなーくらいにしか思っていませんでした。電車が止まっているし、レンタカー屋さんに行っても空車はないし、バスに乗っても渋滞で動かないしで、歩いて家に帰りました。街は歩く人で溢れかえっていました。まるでゾンビのようでした。それはそれは異様な雰囲気でした。

 

それでもまだまだ状況を把握していませんでした。3時間ほど歩いて夜に家に着いてテレビをつけて、映画のような現実を知りました。にわかには信じられませんでした。

 

津波に飲み込まれていく家、田んぼ、車。火事で燃え盛るコンビナート。これが日本で起きているのかという感じでした。私は生まれが東北だったため、親戚の多くが東北にいたため心配でした。夜もあまり眠れなかったのを覚えています。

 

これが私が過ごした3.11はこんな感じです。

 

すでに記憶が曖昧になってきてしまっていますが、普通じゃない、異様な状況、これから何が起きるか分からない、こんな言葉に表される私の3.11でした。

 

想定外という言葉がありますが、人間が想定できないことが起きるのが自然災害です。人間の力は無力に近いことを思い知らされました。

 

これから人々は自然災害とどう向き合っていくべきなのか、考えながら生きていきたいものです。